難聴気楽【難聴でも気楽にいこう♪】 ホーム »2017年08月05日
2017年08月の記事一覧

人と違うことの不安  


みんなと違うことに不安を感じる人は多い。

日本人は「皆一緒主義」というか「皆一緒教」という宗教というものがあるんじゃないかというくらい、他人と一緒であることが正しいという考え方が根強いですね。

日本の教育を見ている(というか実際に受ける)とそれがよくわかります。

人と違うところがあったり、人と違う意見を言うと攻撃の対象になるなんてことはよくあるし、そういうときほぼ100%先生は「周りに合わせろ」という。
子供のころから大人になってまで周りに合わせろと言われ続け、結局自分は何のために生まれたのかもわからぬまま生涯を終えている人ってかなり多いんじゃないかな。
むしろ、そういう生涯の終え方をする予備軍って相当な数いると思う。

この頃、今の生活について人と話す機会が増えてきました。
そういう時、よく聞かれるのが

「他の人と違うことをするのに不安は感じなかったのか?」


ということ。

これまでの収入や肩書を捨て、大手企業の会社を退職するということは選択はそう簡単にはできない。
それでいて、小屋を建てて生活しようだなんて考え方が出ても、やはりそう簡単に実行には移せない。


言葉は違えど、突き詰めれば結局人と違うことをする勇気が出ないという意味だと感じました。
アタシはものすげぇ簡単だったっけどなぁというのが本音なので、そのまま話してもすんなり理解してもらうことは難しい。

なんでここまで人と違うことが怖いんだろうと不思議に思ったのですが、逆になんで自分はこういう選択が出来たのだろうと考えてみた結果…。

やはり障害者として生きてきたからだな。

というのが答えです。

障害者として生まれてきた時点でアタシはみんなと違う。
皆一緒教からすれば異端者であり邪教徒。
やはり攻撃の対象となることもあったし、どうやってもみんなと一緒にはなれない。

だったら最初からみんなに合わせなくてもいいや。
そうなるともうこれまで人に合わせようとした自分が滑稽。

( ^ω^) 人と違うことが怖くて障害者やってられっかよw


と、人生の早い段階で開き直れたのはとんでもなくラッキーだと確信しています。
仮に健常者として生まれてきてしまった場合、そういう考えに至らない可能性は大きい。
周りに合わせやすいし、合わせられちゃうからね。

…そう考えたら健常者で人と違う選択する人ってスゲェな。


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