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人と違うことの不安  


みんなと違うことに不安を感じる人は多い。

日本人は「皆一緒主義」というか「皆一緒教」という宗教というものがあるんじゃないかというくらい、他人と一緒であることが正しいという考え方が根強いですね。

日本の教育を見ている(というか実際に受ける)とそれがよくわかります。

人と違うところがあったり、人と違う意見を言うと攻撃の対象になるなんてことはよくあるし、そういうときほぼ100%先生は「周りに合わせろ」という。
子供のころから大人になってまで周りに合わせろと言われ続け、結局自分は何のために生まれたのかもわからぬまま生涯を終えている人ってかなり多いんじゃないかな。
むしろ、そういう生涯の終え方をする予備軍って相当な数いると思う。

この頃、今の生活について人と話す機会が増えてきました。
そういう時、よく聞かれるのが

「他の人と違うことをするのに不安は感じなかったのか?」


ということ。

これまでの収入や肩書を捨て、大手企業の会社を退職するということは選択はそう簡単にはできない。
それでいて、小屋を建てて生活しようだなんて考え方が出ても、やはりそう簡単に実行には移せない。


言葉は違えど、突き詰めれば結局人と違うことをする勇気が出ないという意味だと感じました。
アタシはものすげぇ簡単だったっけどなぁというのが本音なので、そのまま話してもすんなり理解してもらうことは難しい。

なんでここまで人と違うことが怖いんだろうと不思議に思ったのですが、逆になんで自分はこういう選択が出来たのだろうと考えてみた結果…。

やはり障害者として生きてきたからだな。

というのが答えです。

障害者として生まれてきた時点でアタシはみんなと違う。
皆一緒教からすれば異端者であり邪教徒。
やはり攻撃の対象となることもあったし、どうやってもみんなと一緒にはなれない。

だったら最初からみんなに合わせなくてもいいや。
そうなるともうこれまで人に合わせようとした自分が滑稽。

( ^ω^) 人と違うことが怖くて障害者やってられっかよw


と、人生の早い段階で開き直れたのはとんでもなくラッキーだと確信しています。
仮に健常者として生まれてきてしまった場合、そういう考えに至らない可能性は大きい。
周りに合わせやすいし、合わせられちゃうからね。

…そう考えたら健常者で人と違う選択する人ってスゲェな。


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すべきものなんてないもんだ  


いつだったか、すべきものなんてないという記事を書いた気がする。

なんで突然こんなことを思い出したかわからないけど、ふと

「~すべき」というもので一番最初に壊したほうがいい固定観念は何か?

という問いかけが自分の中に浮かびました。
その答えが出るのに不思議と時間はかからなかったんですが、こんなこと書いたらかなり反感を買うだろうなとも思った。

アタシの答えは…。

親に感謝すべきという固定観念はぶっ壊したほうがいい。

つまり、親に感謝なんてする必要は一切ないということ。
親に感謝すべきという風潮が根強いなか、こんなこと書いたら大変なことになりそうですね。
たぶん説教されちゃうんじゃないでしょうか。
アタシのよく言う言葉で
「親を諦めさせたら人生自由」
というのにも通じます。

一般的に、

・産んでもらったんだから感謝しろ
・育てられたから感謝しろ
・お金をかけたんだから感謝しろ


というような理由から感謝すべきだと言いますが、そんなん親の都合で産んだんだし、育てる責任は自分にあるはず。

お金かけたからって、子供に見返り求めちゃダメでしょ。
アンタさえいなければ費やしたお金が残ったのにって言ってるようなもので、親として言ってはいけない言葉とさえ思う。

子供の立場から言わせてもらえば、見返り求められるくらいなら最初から何もしなくていいっていうか、最初から産むもんじゃないでしょとさえ思ってます。

このブログはカーチャンもトーチャンも読んでることは知っています。
別に親をディスりたいわけじゃないですよ(汗

最終的に何が言いたいかっていうと、自分の人生を絶対的に優先して生きるにはその固定観念を壊す必要があるっていうこと。
けして感謝しちゃいけないとか、親の言い分を聞くないうことではない。
親のために自分の人生を犠牲にする必要はなく、あくまでも自分がやりたいように生きていっていいと思うんです。

正直、小屋暮らしをするときは親子の縁を切られてでもやる覚悟はあった。
そのくらい思い切っていいと思う。

仮にアタシに子が出来ても感謝させるようなことはさせたくない。
それは親への感謝という呪縛を与えてしまうから。
(まだいないからなんとでも言えるけどね)

そんでもって、不思議なことにアタシは両親にとても感謝しています。
とことん反発してぶつかったこともあったけど、最終的には自分のやりたいように生きることを認めてくれて、応援してくれている。
親に感謝すべきとは思わないけど、親に感謝できるような人生の過ごし方をしたいなと思い始めるようになりました。
もっと感謝できるような生き方をするとなれば…やはり親の意向に従わず好き勝手に生きることだなw


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