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すべきものなんてないもんだ  


いつだったか、すべきものなんてないという記事を書いた気がする。

なんで突然こんなことを思い出したかわからないけど、ふと

「~すべき」というもので一番最初に壊したほうがいい固定観念は何か?

という問いかけが自分の中に浮かびました。
その答えが出るのに不思議と時間はかからなかったんですが、こんなこと書いたらかなり反感を買うだろうなとも思った。

アタシの答えは…。

親に感謝すべきという固定観念はぶっ壊したほうがいい。

つまり、親に感謝なんてする必要は一切ないということ。
親に感謝すべきという風潮が根強いなか、こんなこと書いたら大変なことになりそうですね。
たぶん説教されちゃうんじゃないでしょうか。
アタシのよく言う言葉で
「親を諦めさせたら人生自由」
というのにも通じます。

一般的に、

・産んでもらったんだから感謝しろ
・育てられたから感謝しろ
・お金をかけたんだから感謝しろ


というような理由から感謝すべきだと言いますが、そんなん親の都合で産んだんだし、育てる責任は自分にあるはず。

お金かけたからって、子供に見返り求めちゃダメでしょ。
アンタさえいなければ費やしたお金が残ったのにって言ってるようなもので、親として言ってはいけない言葉とさえ思う。

子供の立場から言わせてもらえば、見返り求められるくらいなら最初から何もしなくていいっていうか、最初から産むもんじゃないでしょとさえ思ってます。

このブログはカーチャンもトーチャンも読んでることは知っています。
別に親をディスりたいわけじゃないですよ(汗

最終的に何が言いたいかっていうと、自分の人生を絶対的に優先して生きるにはその固定観念を壊す必要があるっていうこと。
けして感謝しちゃいけないとか、親の言い分を聞くないうことではない。
親のために自分の人生を犠牲にする必要はなく、あくまでも自分がやりたいように生きていっていいと思うんです。

正直、小屋暮らしをするときは親子の縁を切られてでもやる覚悟はあった。
そのくらい思い切っていいと思う。

仮にアタシに子が出来ても感謝させるようなことはさせたくない。
それは親への感謝という呪縛を与えてしまうから。
(まだいないからなんとでも言えるけどね)

そんでもって、不思議なことにアタシは両親にとても感謝しています。
とことん反発してぶつかったこともあったけど、最終的には自分のやりたいように生きることを認めてくれて、応援してくれている。
親に感謝すべきとは思わないけど、親に感謝できるような人生の過ごし方をしたいなと思い始めるようになりました。
もっと感謝できるような生き方をするとなれば…やはり親の意向に従わず好き勝手に生きることだなw


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自己肯定感って大事よ  


「なんでそんなに前向きなんだ?」

と聞かれることがあるんですが、自己分析の結果たぶん自己肯定感を持って生きているからじゃないかなと思います。
障害者はどうしても健常者と比べてしまい、劣等感を味わうことが多々あります。
その結果、自分に自信がなくなって自己肯定感というものを持てなくなってしまうんですよね。

じゃあ自己肯定感をもてばいいのか!


ってことになるんですが、いきなりそんなこと言われてもわかんないよね。
一般的に、自己肯定感を持つというのは

「自分は素晴らしい人間だ!」
「自分は価値のある人間なんだ!」


と思いながら生きていくという風に捉えられてしまうんですが、実はそういうわけでもない。
もちろん、そう思って生きられたらベストかもしれないけど急にそんな考え方に転向するなんてできやしませんよ。

だいたい、障害者は健常者と比べて劣っているのは事実なんですからなお難しい。
アタシだって「自分は素晴らしい人間だ!」なんて中々思えないですもん。
だからそこは無理に変えなくたっていい。

自分はけして素晴らしくない。
自分には価値がない。
自分は誰よりも劣っている人間だ。
自分は誰にも愛されていない。
自分はお金がない。
自分は不幸だ。
自分は恵まれていない。
自分はなにをやってもうまくいかない
…etc

誰でも1度はそう思うことあるんじゃないでしょうか。
そこにこの一文だけ付け加えてみてください。

「でも、胸を張って生きていいんだ!」

自分はけして素晴らしくない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分には価値がない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分は誰よりも劣っている人間だ。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分は誰にも愛されていない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分はお金がない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分は不幸だ。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分は恵まれていない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分はなにをやってもうまくいかない。
でも、胸を張って生きていいんだ!

自分は障害者だ。
でも、胸を張って生きていいんだ!


自分のダメなところから目をそらして「自分は素晴らしい人間だ!」
と思ってもそれは自己肯定感にはならず、ただの一時しのぎでいつまでも付きまといます。
自分のダメなところと向き合ったうえで「でも、胸を張って生きていいんだ!」
と認めてあげる。

これが本当の意味での自己肯定感じゃないのかなと思います。

ある時、ふとネガティブな思考に囚われたときけしてそれを振り払おうとせず、
「でも、胸を張って生きていいんだ!」
と声に出さずとも、心の中で呟いてみてください。

それだけでも違うと思いますし、実際アタシはそれで今の環境が出来上がっていると言っても過言ではないと思います。


ps
障害者は健常者と比べて劣っているのは事実なんですからなお難しい。
勘違いしないでほしいのですが、上記の言葉には健常者にも障害者にも上下関係はつけていません。
優れているのが上で劣っているのは下なんて今のアタシの考え方にはないのです。

だから本来そこに劣等感を持つこともないのですが…なにかと上下関係を作ってしまうのがこの世の悲しいところ。



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